35歳年収500万で「人生詰んだ」のブログ、気持ちは分かる

2019-05-16        |  

 

 ちょっと前の話になりますが、次のブログ記事の投稿者が叩かれています。

もう人生詰んでいるんだなぁと実感して悲しくなった。

現在35歳。年収は5,000,000位(中略)。
もう出来上がった組織で出世するのも限度があるし、給料も上がらないし、新しい組織に転職するほど自分に何かがあるわけじゃない。個人で独立しようにもたいしたスキルがないし、コミュ症だから苦労するのが目に見えている。(中略)
少ない労働時間で年収20,000,000位稼いで悠々自適に仕事したかった。もう今からそうなる事は絶対に無いんだろうなぁ。

 これに対する反応が、次の記事でまとめられています。

35歳、年収500万で「人生詰んだ」と嘆く人にツッコミ多数 「平均かそれより恵まれてるだろ」「非正規の存在を忘れずに」

多かったのは「500万もらえてれば十分だと思うが」「平均かそれより恵まれてるだろ」という批判だ。(中略)定年まで勤められる見込みなど無い人から見れば、「詰んだなんて甘い」と否定されるのも無理はない。

 確かに、35歳で500万という数字は決して劣っている数字ではなく、更に「少ない労働時間で年収20,000,000」という文も相俟って「燃料」となり、反発する人多数。

 具体的な数字を書いてしまったため、この数字が一人歩きして論点がずれてしまっていますが、私には何かこの投稿者の気持ちが分かる気がするのです。

 

★原っぱに咲く花、向こうには住宅と山(山梨県大月市)
大月

 

ちょっと早い「中年の危機」

 要するにこの人は、少し早めの中年の危機を迎えた、ということだと思います。

 これまでも「中年の危機」については書いてきて、その中心年代は40代であることを述べましたが、人によってはそれよりも早く訪れることはあるわけです。

 中年の危機の症状は色々ありますが、例えば、

  • 自己の限界の自覚
  • 達成する事の出来なかった物事への深い失望や後悔
  • 自身の経済的状況や社会的ステータス、健康状態に対する憂鬱、不満や怒り

などは、まさに先のブログの文章そのままです。

発奮する道もあるが…

 ただ、単に「達成することが出来なかった」というだけなら、「これからは頑張るぞ!」と発奮する道もあります。投稿者がその道を進まないのは、先が見えていて、頑張っても無駄な可能性が高いからでしょう。

 綺麗事抜きで書いてしまうと、30代半ばにもなれば、現在の会社の立ち位置、先輩社員の待遇、自らの能力・気力・市場評価など総合的に観察することで、今後の自分の職場人生はおぼろげながら見えてきます。

 この投稿者の場合、変に行動を起こしても転落するばかりなので、結局、現在の立ち位置に留まるのが最善だと判断しているのでしょうが、その最善の策をとった場合でさえ、

満員電車と上司や同僚とのやりとりにストレス溜めながら土日は泥のように寝て、金もなく、海外にも行けず、ろくな人生経験を詰めず、安い食べ物で腹を満たして生きながらえていくのだなぁ。悲しすぎる。

というふうに、今後嬉しい出来事が発生する見込みは無さそうです。

 大きな悲劇が待っているのでない点は幸いですが、それでもまだ人生の半分にも到達してない段階で、上記のような気持ちが襲ってくるというのはツライだろうな、と思います。

私の場合との比較

 私の場合、30代半ば頃に、上記のような気持ちに軽くなりましたが、そのときは一旦収まりました。そして再び40代半ばに同様の気持ちになりましたが、そのときはかなり深刻でした。

 投稿者と私とでそれほど境遇に違いはないと思いますが、あるとすれば、例えばお金を貯めていたこと。そのために、遅ればせながら早期リタイアという選択肢をとることが可能でした。

 投稿者は35歳で年収500万得ており、これは決して小さくない数字。

 土日は寝ているだけで、海外にも行かず、安い食べ物しか食べないのであれば、やりくり次第で毎年200万くらいはいけないかな?これを10年続けて、今の貯金+2000万。

 まとまったお金が出来れば、それだけで気持ちに余裕が出るし、動かす駒もそこから見つかるかもしれない。まだまだ人生は詰んでいない、と思うのですが、いかがでしょうか。

 この投稿者に最も必要なことは「仕事=人生」という発想を疑ってみることなのかもしれません。

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