早期リタイアに失敗するのは「目的」が無いためなのか?

 

 今年末のリタイアにあたり、私はどのような計画を立て、準備を行ってきたかについては、これまでも詳しく述べてきました。以下はその一例です。

 ただ、リタイアを目指す目的については、あまり書いてきたとは言えません。目的といっても、結局は「会社の仕事から逃れるため」「浮いた時間で自分の好きなことをするため」の2つに集約されるからです。

 このような曖昧な認識でリタイアをしてはならない、というような記事はよく見かけます。ただ一方で、リタイアブログを読むと、結構皆さん普通の生活をしていて、「リタイアの目的」を完遂するために日々精力的に活動している人は少数派のように思います。

 そこまで「目的」というものを明確にしないと、リタイアは失敗してしまうというのは本当なのでしょうか?

 

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多摩川・青梅

目的が無いリタイアは失敗する?

 例えば、次の記事では、早期リタイアの失敗のパターンとして「目的無しにリタイアしてしまうこと」が挙げられています。

人生100年時代!アーリーリタイアしたい人が陥りがちな失敗

そう考えるうちに「アーリーリタイア」自体が目的になってしまうことがあります。具体的に「これがやりたい(からアーリーリタイアする)」と決めずに実行してしまい、「突然生じたあり余った時間をどう過ごすべきか分からない」「社会とのつながりや人間関係がなくなり、人生の張り合いがなくなる」といった状態に陥ることがあるようです。

その結果、せっかくアーリーリタイアしたのにまた仕事を再開するケースも少なくありません。

 出典も示さず「…状態に陥ることがあるようです」と伝聞形を使っており、何らかの実例に基づく記載ではないことを窺わせます。

 また、このサイトは標題に「医師専門」とありますが、「また仕事を再開するケースも少なくありません」と言うことができるほど、アーリーリタイアするお医者さんのサンプルは多いのでしょうか。次の書籍は「アーリーリタイアしたお医者さんが著者ですが、そのような存在はかなり例外的であるように描かれています。

 ま、それはともかく、「アーリーリタイアしたが、その後の生活が面白くなくて、再び働き出した」という人が存在するのは、事実でしょう。その失敗の要因を分析すると「目的が不明確だったから」に行き当たるのだと思います。

「会社の仕事から逃れたい」は目的として不適当?

 ただ多くのリタイア者には、実はリタイアする明確な目的が実はあるはずです。それは、

会社・仕事から逃れるため

です。

 でもこのような目的は目的扱いされることはなく、仮に目的扱いされた場合でも、消極的と見なされ、リタイア後の活動に結び付いた、積極的な目的を別に設けるべき、ということになります。

 例えば先の記事の場合、「会社・仕事から逃れるため」という目的は、

「アーリーリタイア」自体が目的になってしまうことがあります。

と、目的としては不適当という扱いをされています。

「特殊な活動」こそがリタイアの目的としてふさわしい?

 一方、適当な目的としては、

「世界各地を旅行したい」「海外に移住して趣味のゴルフをやりたい」「大学に戻って研究をしたい」など、アーリーリタイアを成功させる人には、明確な目的があります。

というものが挙げられています。これらは一例なのでしょうが、この記事の筆者が「早期リタイア」というものにどういうイメージを抱いているのかは、よく分かります。

 そして、このイメージに合う「特殊な活動」を目的に設定することが、リタイアを成功させるための秘訣として第一に挙げられ、そうでないものについては、

それを実現するためにはリタイアしなければいけないのか?と自問することが必要です。

と戒められています。

 確かにそのような「特殊な活動」をリタイアの目的として設定することは大いにアリで、活動をリタイア後も長く継続されている方はすばらしいと思います。

ありきたりの目的でもいいのでは

 特殊な活動を伴わない場合、例えば、読書だったり、音楽鑑賞だったりというのは、必ずしもリタイアしなくても出来ます。「それを実現するためにはリタイアしなければいけないのか?」と自問したら、「リタイアする必要はない」という答えにしかなりません。

 でも、世の中には一生かかっても読み切れない本、聴ききれない音楽がある訳で、飽きずにそれらを続けていけるならば、当然、リタイアした方がより多くの本・音楽に触れることが出来るはずです。

 また、ある段階で飽きてしまったとしても、他の楽しみを見つけたり、日々の生活自体を楽しんでいけるような人であれば、全く問題は無いのではないでしょうか。

 むしろ、「リタイアには明確な目的が必要」という記事を読んで不安になり、「明確な目的」とやらを色々と探し回ってしまうような人はどうなのかな、と思います。

 というのも、そのような人は、日々の生活を楽しんでいける自信が無いから不安になるのでしょうし、後付で「明確な目的」を作ったところでどうにもなるものでもない。

 結局、問題なのは「目的」そのものではないと思うんですよね。

 むしろ、「まず目的を明確にせよ」みたいなのは、いかにも会社員的な発想です。そういうものに縛られてしまっている人は、目的が無いと楽しめないわけですから、リタイアしても確かに上手くいきそうもない。で、リタイアに失敗すると「目的が明確でなかった」と、いかにも会社員的な総括をするのでしょう。

 しかし、リタイア生活というのは、多分、会社員生活とは別の原理が働いていて、「ありきたりの目的でも楽しめる」、更に進んで「目的の無いことでも楽しめる」といった「才能」が大きく物を言うように思います。

 まだリタイアしていない私がこのように書くのは、リタイアブログ等でリタイア生活が上手くいっている方の文章を読むと、その人が上記の「才能」を持ち合わせていることが、よく伝わってくるからです。

 ここでは「才能」と書きましたが、それ程の特殊な技能を要するものではない、ただ、無理な人には無理、というもの。だから、「性格」というほうがより近いかもしれませんね。

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