早期リタイア後は自分も「ひきこもり」かと苦笑、でも堂々としていればよい

 

 最近、一部のリタイアブログでも話題になっていますが、40~64歳の中高年引きこもりが61万人に上る、という話です。

中高年ひきこもり61万人 内閣府が初調査      (朝日新聞)

内閣府は29日、自宅に半年以上閉じこもっている「ひきこもり」の40~64歳が、全国で推計61万3千人いるとの調査結果を発表した(中略)。
調査は2018年12月、全国で無作為抽出した40~64歳の男女5千人に訪問で実施。3248人から回答を得た。人口データを掛け合わせて全体の人数を推計した。

 標題にもある通り、早期リタイア者は、一般論として、自宅にいる時間が長くなる一方、他者との接触時間が大幅に減少することになるので、この61.3万人に含まれている可能性があります。

 私も近々早期リタイアする予定のところ、このような記事が出たことに少々苦笑していますので、本稿で少し書いてみることにします。

★川底が澄んで見える南秋川。まさに秘境(東京都西多摩郡檜原村
檜原の南秋川

ひきこもりの定義と早期リタイア

 上記記事のような調査結果をまとめるには、まず「どういう人が『ひきこもり』なのか」を定義しなくてはいけません。

 「ひきこもり」というと、一日中、自室の机・布団でパソコン・テレビ・漫画ばかり眺めている、そんなイメージがありますよね。でも先の日経の記事によると、もっと広く解釈されているようです。

内閣府はひきこもりを、自室や家からほとんど出ない状態に加え、趣味の用事や近所のコンビニ以外に外出しない状態が6カ月以上続く場合と定義。専業主婦・主夫は過去の同種調査では含めなかったが、今回は家族以外との接触が少ない人はひきこもりに含めた。

 つまり「自宅から出ない」というのは表面的な事象に過ぎず、「仕事や学校などの社会参加がない」とか「家族以外との会話がない」という点が重要視されており、そこに「専業主婦(夫)」とか「家事手伝い」などの肩書がついていようが関係無いということのようです。

左・吹き出し
ひきこもり者

「趣味で外出している者」も「ひきこもり」に含めるなんて厳し過ぎる~

とか言っても、それが定義なんだからしょうがない。

 このあたりの事情、次の専門家のブログには、もう少し明確に書いてあります。

ひきこもりの定義(井出草平の研究室)

この定義には「他者と交わらない形での外出をしていてもよい」と但し書きがある。(中略)ひきこもりの本質は社会とのつながりを消失することである。例えば、社会とのつながりはないが、毎日、公園を散歩している者は、社会的にひきこもりであり、空間的に閉じこもりではない。したがって、このケースはひきこもりなのだ。

 なるほど。

 だとすると、早期リタイアした後、買い物や趣味で外出していたとしても、それが自分と家族だけでクローズしている場合は「ひきこもり」ということになります。

 早期リタイア者全員ではないにしろ、当てはまる人は少なくないのではないでしょうか?

私はリタイア後「ひきこもり」に該当するか?

 私のケースを考えてみます。

 リタイア後も色々と外出する予定ですので、「狭義のひきこもり」ではありません。しかし、1人か夫婦での行動がベースであり、家族以外と積極的な関わりを持つのは、今のところ合唱くらい。もしかしたらリタイア後、もう1~2つくらいは何かのサークルに入るかも(あるいは十年に一度回ってくる地域の自治会とか?)。

 完全ではないものの「ひきこもり」にかなり近い状態、調査者によっては「ひきこもり」と判定するかもしれないですね。

「ひきこもり=問題」では必ずしもない

 ただ、私に関していえば、定義上「ひきこもり」に該当したからといって、何か困ったことになるとは思っていないのが、正直なところ。実際にリタイアして楽しくやっているやっている人もそうじゃないですかね?

 ただ報道では「困ったことだ」あるいは「困ったことになりそうだ」というトーンがほとんど(全て?)ですし、実際にそういうケースも多いのでしょう、次の記事のように。

40歳からひきこもり 56歳男性 両親失い、ようやく外へ(東京新聞)

中学でいじめに遭い、高校卒業後に運送会社で働いたが、客からのクレームなどで精神的に追い詰められ二年で退職。簿記の資格を取るために通った専門学校も途中でやめて、四十歳から自宅にひきこもった。

 だから、「ひきこもりは大した問題ではない」と矮小化するつもりはありません。

 ただ、先にも述べた通り、「ひきこもり」の定義は相当広くとられていて、アンケートの回答により「家族以外との接触が少ない人」と見なしたら、実態はどうあれ一律にひきこもりと判定しているようです。

 だとすれば、40~64歳での該当者が61万人と推計されても「まぁそれくらいいても不思議じゃないよな」と思えるし、ひきこもっている人全員が問題を抱えているものでもないはずです。

「ひきこもり」をあまり広く捉えるのもどうか?

 ひきこもりは社会の一側面だと思うので、このような調査には意味があると思うのですが、あまり「ひきこもり」の定義を広げてしまうのはどうでしょうか?

 社会との接触は無いが、何ら問題無く暮らしている人に対し、

左・吹き出し
専門家

はい、あなたは社会的な接触が稀薄だから「ひきこもり」ね!

とやるのが、本当にいいことなのか?

 このような陰鬱なイメージのあるレッテルが貼られることで、当人が自らを不必要に責めたり、周囲が「何か問題があるのか」と不安がって、不必要な行動を起こしてしまう危険性がある。

 もちろん経済的に不安があったり、親子関係がこじれたり、本人が苦しんでいたり、というのはまずいですが、普通に自活できていて、かつ、他人との接触は最小限に抑える方が性に合っている、という人まで、殊更に問題視してリアクションを起こしても、多分、誰も幸せにならない。

 「社会とつながってないと、人間ダメになる」みたいな、多数派の思い込み・バイアス・先入観が、問題を人工的に作りだしている側面があることは否めないのではないのでしょうか。

定義上「ひきこもり」でも堂々としていればよい

 定義上「ひきこもり」に当てはまっていようと、自らの選択でそのライフスタイルを選び、それでうまくやれている人は、気にせず堂々としていればいいんだと思います。

 大体、今の世の中、仕事を辞めてしまった時点で家族以外との接触が激減するので、先の定義に照らし合わせれば、早期リタイア者や、ひたすら自宅で作業するようなフリーランスなど、ほとんど「ひきこもり」に該当せざるを得なくなるのです。

 いちいち気にしていたらキリが無いですよね。

 

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