仕事なんて、数ある人生のオプションの一つに過ぎない

 

 大手小町には時たま、早期リタイアのトピックが立ちます。例えば…

早期リタイアの生活

私45歳 主人54歳 子供のいない夫婦です。
来年あたり、早期退職を考えております。
趣味に明け暮れる日々を過ごしたいと思っております。
飽きて物忘れが酷くなってしまうのでは?と知人から言われてしまいました。

 この手のトピでは、早期リタイアに憧れているトピ主に対し、それに反感?を持っている人が出てきて、「飽きる」とか「ボケる」とか言うのが定番です。

 このような人達の多くは、実際には早期リタイアの経験が無く、反射的に反応しているだけですから、こちらもあまり真剣に受け取るのではなく、

左・吹き出し
セイル

あ、また言われてる、言われてる。

面白がって読むのが正解だと思います。

 でも今日は、ちょっぴり反論してみますかね。

★奥多摩最奥部の集落(山梨県丹波山村
丹波山村

 

仕事なんてただのオプション

 もちろん、上記のようなトピでも、全てのレスが早期リタイアに否定的というわけではありません。「なるほどなー」とか「その通りだよね」と思うレスも存在しています。

 例えば、次のレス

要は日々をどう楽しむかは人それぞれで、
仕事の有る無しは関係ないのだと思います。

 このこと、私には当然のことのように思えます。人生を充実させるために、趣味でもいい。ボランティアでもいい。孫の世話をするのでもいい。何も仕事するばかりが能じゃない。

 言い換えれば、仕事の有り無しなんて人生上の数あるオプションのうちの一つに過ぎない、ということです。

 もちろん、先立つものが無ければ食べてはいけないし、社会経験を積む意味からも、若いうちはそのオプションを選択する、というのが順当な線でしょう。

 でも何十年か頑張って、ある程度は蓄えも出来た。社会経験も積んだ。生活していくのに、必ずしも仕事ばかりに頼らなくていい、という状況になったとき、他のオプションに目が行くのは自然なことだと思うんですよね。

仕事しかオプションの無い人達

 にも関わらず、仕事をしていないと「飽きる」とか「ボケる」とか言う人って、仕事以外のオプションは持ち合わせていないのかな?

 しかも、そういう人が唯一持ち合わせている「仕事」というオプション(一つだけではオプションとは言わないのかも?)って、往々にして、自分で能動的にやることではなく、どこかの会社に雇ってもらうことだったりします。

左・吹き出し

人間は社会とつながっていないとダメになる…

とか言ってね。

 結局、どこかの組織に属して仕事をもらわないと、自分ではやることも見つけられず、人生に充実感を感じることも出来ないってことですよね。

 もちろん持ち合わせていないものを「無理やり持て」なんて言いません。でもあなたが持ち合わせていないからといって、他の人も持ち合わせていないとは限りません。

仕事以外のオプションも見つける

 早期リタイアにもいくつかタイプはあり、「単に仕事が嫌になった人」もいますが、「他のオプションを選択したい人」というのも多いと思います。そういう人にとっては、人生を充実させるのに、

仕事というオプション<他のオプション

という不等式が成り立っているわけです。

 逆に、人生を充実させるのに「仕事というオプション」しか知らない人は、人のことを心配している場合じゃないんじゃないの?と思います。

 というのも、大抵の人は、いつか仕事を辞めるときが来るわけです。どんなに高齢者雇用とかいっても、何歳まで働けるかは勤め先の胸先三寸。「もう来ないでいいです」と言われた後、仕事しかオプションの無い人はどうするつもりなんでしょうかね?

 そんな他力本願のオプションしか持ち合わせていない、というのは問題があるんじゃないでしょうか。結局、仕事以外のオプションをどう見つけていくか、ということになってくるんだと思いますよ。

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